インフルエンサーマーケティングの裏側

景品表示法における「一般消費者が誤認する表示」の解釈:ステマ規制後の法的リスクと広告主の対策

Tags: 景品表示法, ステマ規制, インフルエンサーマーケティング, 法的リスク, 広告主の責任, 消費者庁ガイドライン, マーケティング法務

導入:ステマ規制後のインフルエンサーマーケティングにおける法的責任の深化

2023年10月1日より施行されたステルスマーケティング(ステマ)規制は、インフルエンサーマーケティングに従事するすべての事業者にとって、事業活動を見直す契機となりました。景品表示法(不当景品類及び不当表示防止法)の運用基準が改定され、広告であるにもかかわらずそれが明示されていない表示は「一般消費者が誤認する表示」として、不当表示の対象となることが明確化されたためです。

この新たな規制は、単に「広告」と明記すれば良いという単純な話ではありません。デジタルマーケティングの現場では、広告表現のクリエイティビティを追求しつつも、法的リスクを正確に理解し、適切な対策を講じることが喫緊の課題となっています。特に、景品表示法が指す「一般消費者が誤認する表示」が具体的に何を意味し、どのような状況で違反と判断されるのか、その詳細な解釈と、それに基づいた実践的なリスク管理策が求められています。

本稿では、ステマ規制が施行された背景を紐解きつつ、景品表示法における「一般消費者が誤認する表示」の具体的な判断基準を、消費者庁の運用基準を参照しながら解説いたします。そして、広告主が直面する法的リスクを回避し、持続可能なインフルエンサーマーケティングを展開するための具体的な対策とチェックポイントについて深掘りしてまいります。

1. 景品表示法における「一般消費者が誤認する表示」とは

景品表示法は、一般消費者の利益を保護することを目的として、不当な景品類や不当な表示を規制する法律です。これまでも「優良誤認表示」や「有利誤認表示」といった具体的な不当表示が定められてきましたが、ステマ規制の導入により、「一般消費者が誤認する表示」が新たに不当表示の一種として指定されました。

この「一般消費者が誤認する表示」とは、事業者が自己の商品やサービスについて行う表示(「事業者の表示」)であるにもかかわらず、それが広告や宣伝であることが一般消費者には判別できない形で表示されている状態を指します。つまり、消費者が「広告ではない、第三者の純粋な感想や意見だ」と誤解してしまうような表示が規制の対象となるのです。

具体的には、以下の二つの要件を満たす表示が規制の対象となります。 1. 事業者の表示であること: * 事業者が、自己の商品やサービスについて行う表示であること。 * インフルエンサーによる投稿であっても、事業者がインフルエンサーに対し、金銭的な報酬や物品の提供等を行い、表示内容の決定に関与している場合、その表示は「事業者の表示」とみなされます。 2. 一般消費者が事業者の表示であることを判別することが困難であること: * その表示が広告や宣伝であることが、一般消費者にとって明確に判別できない状態であること。 * 具体的には、「広告」「宣伝」「プロモーション」「PR」などの文言が明記されていない、または明記されていても視認性が低い、あるいは誤解を招くような表現が用いられている場合が該当します。

これらの要件を理解することが、ステマ規制下における法的リスク管理の第一歩となります。

2. 消費者庁「運用基準」に学ぶ具体的な判断基準

2023年10月1日に施行された「景品表示法におけるステルスマーケティングに関する告示」および「景品表示法第5条第3号の規定の運用基準」(以下、運用基準)は、「一般消費者が誤認する表示」の具体的な判断基準を詳細に示しています。特に重要なポイントは以下の通りです。

2.1. 「事業者の表示」の判断

運用基準では、インフルエンサーによる表示が「事業者の表示」とみなされる具体例を挙げています。 * 金銭的な報酬の授受: 広告主からインフルエンサーに広告費、出演料、手数料などが支払われている場合。 * 物品・サービスの提供: 無償での商品提供、試供品の提供、無料招待、割引提供などがこれに該当します。ただし、一般消費者が無償で受け取れる範囲の、社会通念上ごく少額と認められる試供品やサンプルは対象外となる場合があります。 * 指示・依頼の存在: 広告主がインフルエンサーに対し、投稿内容、表現方法、投稿日時などを具体的に指示・依頼している場合。

重要なのは、これらの要素のいずれか一つでも該当すれば「事業者の表示」と判断される可能性があるという点です。

2.2. 「一般消費者が判別困難な表示」の具体例

運用基準では、「判別困難な表示」に該当しないための具体的な表示方法についても言及しています。 * 明瞭性の確保: 「広告」「宣伝」「プロモーション」「PR」「提供」「Sponsored」などの表示が、一般消費者が容易に認識できる方法で明記されていること。 * 表示場所とタイミング: * SNS投稿: 投稿の冒頭部分やハッシュタグの一部として明記し、スクロールなしで確認できる位置に配置することが推奨されます。投稿本文だけでなく、画像や動画内での表示も考慮する必要があります。 * 動画コンテンツ: 動画の冒頭や概要欄、画面上部に継続的に表示するなど、視聴者が広告であることを容易に認識できる方法で表示すること。 * ブログ記事: 記事タイトル、記事冒頭、記事の目次などに明確に表示すること。 * 表示の形式: * 背景色とのコントラストがはっきりしていること。 * 十分な文字サイズやフォントで表示されていること。 * 多言語対応が必要な場合は、適切な言語での表示も考慮すること。

これらの指針は、広告主がインフルエンサーに指示する際の具体的な要件として、契約書やガイドラインに明記されるべき内容です。

3. リスク管理と広告主が取るべき具体的な対策

ステマ規制の施行により、広告主はインフルエンサーマーケティングにおける法的責任をこれまで以上に強く意識する必要があります。適切なリスク管理体制を構築し、違反を未然に防ぐための具体的な対策を講じることが不可欠です。

3.1. 契約・事前確認フェーズ

3.2. 実行・監視フェーズ

3.3. 違反時の影響

景品表示法違反と判断された場合、広告主は以下のような重大な影響を受ける可能性があります。 * 措置命令: 消費者庁から表示の是正、再発防止策の実施などを命じられる。 * 課徴金納付命令: 不当な表示によって得た売上額に応じて、課徴金が課される。 * 企業イメージの毀損と信頼失墜: 消費者や取引先からの信頼を失い、ブランドイメージが著しく低下する。これは金銭的な損失以上に企業活動に悪影響を及ぼす可能性があります。

4. 具体的なケーススタディと実践的なチェックポイント

ここでは、具体的なケースを想定し、広告主が留意すべき実践的なチェックポイントを提示いたします。

ケーススタディ:SNS投稿における「#PR」の明示

【適切な表示の例】 * SNS投稿文: 「先日いただいた〇〇(商品名)がとても気に入り、使い続けています。肌の調子も良く、おすすめしたい一品です!#PR #〇〇(商品名)#美容アイテム」 * 動画投稿: 動画の冒頭5秒以内に「[広告] この動画は〇〇株式会社の提供でお送りします」と表示し、概要欄にも明記。

【不適切な表示の例】 * SNS投稿文: 「〇〇(商品名)を使ってみたけど、本当に良かった!もう手放せない!#愛用品 #美容 #スキンケア」 * ※企業からの依頼と報酬があるにも関わらず、「#PR」などの表示がない。 * 動画投稿: 動画内で商品紹介をしているが、広告表示が動画の終盤に小さく表示されるのみ、あるいは概要欄にも記載がない。

4.1. 広告主向けチェックリスト

広告主はインフルエンサーとの協業において、以下のチェックポイントを参考に、自社の体制を整備することが推奨されます。

結論:クリエイティビティと法的遵守のバランス

ステマ規制の施行は、インフルエンサーマーケティングに携わる広告主に対し、より一層の透明性と説明責任を求めるものです。景品表示法における「一般消費者が誤認する表示」を正確に理解し、消費者庁の運用基準に沿った適切な対応を行うことは、企業が法的リスクを回避し、消費者の信頼を維持するために不可欠です。

広告主は、インフルエンサーとの協業を通じて創造的な広告表現を追求しつつも、契約書の見直し、明確なガイドラインの策定、厳格なクリエイティブチェック、そして継続的なモニタリングといった多角的な対策を講じる必要があります。これにより、インフルエンサーマーケティングが持つ可能性を最大限に引き出しながら、消費者に誠実な情報提供を行うという、健全な市場環境の構築に貢献できるでしょう。

今後のデジタルマーケティングにおいては、法的遵守を経営戦略の一部として位置づけ、クリエイティビティと透明性のバランスを常に追求していく姿勢が求められます。